
【シーズン3完結】これまでの知識を総動員せよ!
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「PLAは弱い、PETGは強い」…本当にそれだけでしょうか?

これまで私たちは、シーズン3を通じて様々な素材の深淵を覗いてきました。
「PLA+の意外な強靭さ」「TPUをA1 miniで印刷するコツ」、そして「A1 miniでABSを使ってはいけない理由」…。
今回は、これまでに学んだ全ての知識を統合した「総集編」です。
個々の素材については詳しくなったけれど、「じゃあ実際に、目の前のこの部品を作るにはどれを選べばいいの?」という最終的な疑問に、明確なアンサーを出します。
本記事は、Bambu Lab A1 miniをはじめとする「エンクロージャー(囲い)のない3Dプリンター」を使っているあなたに向けた、素材選定の決定版ガイドです。
過去の記事で紹介した知識もふんだんに盛り込みながら、ガラス転移点(Tg)や衝撃強度(Impact Strength)といった客観的なエンジニアリングデータに基づき、「なんとなく」の選択を終わらせます。
この記事を読み終える頃には、あなたは「作りたいもの」から逆算して、迷うことなく最適なフィラメントを選べるようになっているはずです。
第1章:基礎知識|素材選びの「3つの判断軸」

プロのエンジニアは、決して「なんとなく」で素材を選びません。必ず以下の3つの軸でフィルタリングを行っています。
軸①:温度(Heat Resistance)〜最大の敵を知る〜

3Dプリンターで作ったものが壊れる原因の第1位、それが「熱」です。
ここで覚えてほしいキーワードはただ一つ。「ガラス転移点(Tg)」です。
これは、樹脂が「カチカチのガラス状」から「フニャフニャのゴム状」に性質を変える温度のこと。この温度を超えると、作品は剛性を失い、重力に負けて変形します。
- PLA / PLA+ (Tg: 約55〜60℃)
- 実用上の意味: 人肌より少し熱いくらいで柔らかくなる。真夏の閉め切った部屋や、低温やけどが心配されるレベルの熱源付近はアウト。
- PETG (Tg: 約80℃)
- 実用上の意味: 「熱に強い」と誤解されがちだが、真夏のダッシュボード(最大80〜90℃)には耐えられない。 あくまで「ぬるま湯」や「暖房器具の近く」レベルまで。
- ABS / ASA (Tg: 約100〜105℃)
- 実用上の意味: 本物の耐熱素材。沸騰したお湯にも耐える。が、A1 miniでは印刷できない(後述)。


結論:A1 miniで「真夏のダッシュボード直射日光」に耐える部品を作るのは、物理的にほぼ不可能です。
(※TPUなら「溶け落ちる」ことはありませんが、柔らかくはなります)
軸②:機能(Mechanical Properties)〜「強さ」の種類〜
「強い素材がいい」と一言で言っても、強さには種類があります。
- 硬さ(剛性): 変形しにくい力。PLAが最強です。カッチリしています。
- 粘り(靭性): 割れにくさ。PETGやPLA+が得意です。強い力をかけた時、パリンと割れずにグニャッと曲がって耐えます。
- 柔軟性: ゴムのような弾力。TPUの独壇場です。
「衝撃強度」の真実:PLA+ vs PETG
最新の検証データによると、高品質なPLA+(Polymaker PolyMax PLAなど)の衝撃強度は、一般的なPETGを大きく上回る(4〜5倍)ことが分かっています。「PETGの方が衝撃に強い」というのは、実は古い常識になりつつあるのです。
軸③:環境(Environment)〜どこで使うか〜
- 屋内(常温): PLA / PLA+ 一択。印刷が圧倒的に美しく、失敗しません。
- 湿気・水回り: PETG。PLAは加水分解(水による劣化)を起こしやすいですが、PETGはペットボトルと同じ素材なので水に強いです。
- 屋外(直射日光): 紫外線(UV)が大敵です。
- PLA: 数ヶ月でボロボロになります(生分解性云々以前に、紫外線劣化します)。
- PETG: 1年程度なら耐えますが、長期的には劣化します。
- ASA: 屋外最強ですが、A1 miniでは非推奨です。
第2章:A1 miniユーザーのための「主要4素材」徹底攻略
A1 miniユーザーが手元に置いておくべき、確実に扱える4つの素材。それぞれの真の姿を解説します。
1. PLA (Polylactic Acid) ~美と硬さのスペシャリスト~

- 役割: 「見た目」重視の作品、動かない固定具。
- メリット:
- 印刷失敗率がほぼゼロ。
- 積層痕が目立たず、エッジが鋭く出る。
- 非常に硬い(金属のようにカッチリしている)。
- デメリット:
- 熱に弱い(致命的)。60℃で変形開始。
- 脆い。コンクリートに落とすとガラスのように割れる。
- 使い道: フィギュア、模型、ペン立て、引き出しの仕切り。
2. PLA+ / PLA Pro ~進化した優等生~

- 役割: PLAの「脆さ」を克服した、実用的なPLA。
- 特徴: エラストマー(ゴム成分)や添加剤を配合し、「割れにくさ」を劇的に向上させています。
- 最大の誤解: 「耐熱性」は普通のPLAと変わりません。 強くなったからといって、熱に強くなったわけではないので注意してください。
- 使い道: 子供のおもちゃ、ツールホルダー、ドローンのプロペラガード。
- 推奨: これから買うなら、普通のPLAよりPLA+の方が汎用性が高いです。
3. PETG (Polyethylene Terephthalate Glycol) ~粘りの万能選手~

- 役割: 実用品のスタンダード。
- メリット:
- 層間接着が強い。積層割れしにくい。
- 粘り強い。スナップフィット(パチンとはめる爪)を作っても折れにくい。
- PLAよりは熱に強い(〜80℃)。
- デメリット:
- 糸引き(Stringing)がすごい。蜘蛛の巣だらけになりやすい。
- サポート材が剥がしにくい。
- 吸湿しやすい(乾燥必須)。
- 使い道: スマホスタンド、各種ブラケット、風呂場のフック。
4. TPU (Thermoplastic Polyurethane) ~唯一無二の柔軟性~

- 役割: ゴムのようなパーツを作る。
- 特徴: A1 miniのダイレクトドライブ押出機は、TPUと非常に相性が良いです。安価なプリンターでは難しいTPUも、A1 miniなら簡単に印刷できます。
- 使い道: スマホケース、滑り止め足、ドローンのバンパー、パッキン。
- 注意: 湿気を吸うと、印刷中に水分が沸騰して表面が汚くなります。使用前の乾燥は絶対条件です。
コラム:隠れた大敵「湿気」と戦う
ここで一つ、素材選びと同じくらい大事な話をします。「乾燥」についてです。
「印刷中にパチパチという破裂音がする」
「表面がザラザラして汚い」
「糸引きがいつもよりひどい」
これらは設定の問題ではなく、フィラメントが空気中の水分を吸ってしまった(吸湿)ことが原因かもしれません。

特にPETGとTPUは湿気を非常に吸いやすく、開封して数日放置しただけで品質が劣化することがあります。
吸湿したフィラメントで印刷すると、水分がノズル内で沸騰し、気泡となって出てくるため、造形物がスポンジ状になり強度が激減します。

対策はシンプルです。
- 保管時: 必ず密閉袋(ジップロック等)に乾燥剤(シリカゲル)と一緒に入れる。
- 使用前: もし吸湿してしまったら、フードドライヤーや専用のフィラメントドライヤーで乾燥させる。
- PETG: 65℃で4〜6時間
- TPU: 55℃で4〜6時間

「なんか最近調子悪いな」と思ったら、まず素材の乾燥を疑ってください。これだけで半分以上のトラブルが解決します。
第3章:許されざる領域「ABS / ASA」は使えるのか?
前回の記事(ABS非推奨回)でも熱く語りましたが、ネット上には「A1 miniでもABSは印刷できる!」という情報が散見されます。
しかし、エンジニアの視点からは「印刷はできるが、実用的ではない(非推奨)」と、改めて断言します。
理由は2つあります。

- 反り(Warping)との戦い
ABSやASAは、冷えると縮む性質(熱収縮率)が非常に大きいです。
A1 miniのような「囲い(エンクロージャー)」のないプリンターでは、印刷中に冷たい外気が当たり、造形物が反り返ってベッドから剥がれたり、層と層の間がパキッと割れる(層間剥離)現象が多発します。
成功率は体感で20%以下です。 - 有害ガス(VOCs)
ABSは加熱時に特有の「スチレン臭」と共に、揮発性有機化合物(VOCs)を発生させます。
専用のエアフィルターがない開放型のA1 miniでABSを印刷することは、部屋中に有害ガスを撒き散らすことになります。換気設備の整っていない個室での運用は健康上リスクがあります。
結論: ABS/ASAが必要な用途(耐熱・長期屋外)が出てきたら、それはP1SやX1 Carbonへの買い替え時です。A1 miniで無理をするのはやめましょう。
第4章:ケーススタディ|用途別・失敗しない選び方
ここでは具体的なシナリオ別に、最適なアンサーを提示します。

ケース1:真夏の車内にスマホホルダーを置きたい
- ❌ PLA / PLA+: 1時間でドロドロに溶けて崩壊します。論外です。
- ⚠ PETG: ダッシュボードの黒い樹脂の上は80〜90℃に達します。PETGの限界を超えています。日陰なら耐えるかもしれませんが、賭けになります。
- ⭕ TPU: 溶け落ちることはありませんが、熱でフニャフニャになり、スマホの重さを支えられなくなる可能性があります。
- ベストアンサー:
- A1 miniユーザーなら、「エアコン吹き出し口(風で冷やされる場所)」に取り付けるタイプをPETGで作る。
- または、夏の車内使用は諦める。
ケース2:子供が遊ぶおもちゃ・フィギュア
- ⭕ PLA+: 発色が良く、落としても割れにくいので最適です。
- ❌ 標準PLA: 落とすと鋭利な破片になって割れるため、子供用には危険です。
- ❌ PETG: 頑丈ですが、糸引きが残りやすく、バリで手を切る可能性があります。
ケース3:お風呂場のタオル掛けフック
- ❌ PLA: 湿気と加水分解で、数ヶ月で強度が落ちて折れます。
- ⭕ PETG: 水に強く、適度な柔軟性があるためフック向きです。
ケース4:ドローンのプロペラガード
- ❌ 標準PLA: 墜落の衝撃一発で粉砕します。
- ⭕ PLA+: 衝撃を吸収してくれます。
- ⭕ TPU: 弾力で衝撃を逃がします。ただしフニャフニャすぎるとプロペラに干渉するので、硬めのTPU(95A)推奨です。
第5章:A1 miniユーザー推奨「鉄板フィラメントセット」
「結局、最初に何を買えばいいの?」
前回の記事でも紹介した、A1 miniユーザーのための「3種の神器」。これさえあれば99%の用途をカバーできる「最初の3本」を、改めてここでおさらいしましょう。

- 【普段使い用】PLA+(PLA Pro) × 1本(好きな色)
- 普通のPLAではなく、最初からPLA+を買うのが正解。失敗が少なく、強度も十分。eSUNやPolymakerがおすすめ。
- 【実用品用】PETG × 1本(黒またはグレー)
- フックやスタンドなど、「壊れてほしくないもの」用。色は黒などの「透けない色」の方が、PETG特有の内部のキラキラ感が目立たず安っぽくなりません。
- 【特殊用途用】TPU 95A × 1本(黒)
- スマホケースや滑り止めパッキン用。硬さは「95A」と書かれているものが最も印刷しやすいです。
最初はこれだけあれば十分です。ABSやカーボン入りフィラメントなどは、明確な目的ができてからで遅くありません。
まとめ:素材選びは「科学」である
3Dプリント素材の選び方に、魔法はありません。あるのは物理法則だけです。

- 60℃を超える場所なら、PLAは使わない。
- 衝撃がかかるなら、標準PLAは避ける。
- 屋外なら、PLAは避ける。
この単純なルールを守るだけで、あなたの3Dプリントライフから「失敗」の二文字は激減するはずです。
A1 miniという素晴らしい相棒のポテンシャルを最大限に引き出すために、ぜひ「正しい素材選び」をマスターしてください。
あなたのモノづくりが、もっと自由で楽しいものになりますように。
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チャンネル登録して、次回の「A1 miniメンテナンス回」も見逃さないでくださいね。


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