トイレ掃除はしていました。
洗濯も、乾燥も、畳みました。
それでも、
「そんなこと言うなら、やらなくていい」
と言われたことがあります。
そのときは、正直、何がいけなかったのか分かりませんでした。
自分としては、ちゃんとやっているつもりだったからです。
仕事も忙しく、帰宅が早いわけでもありませんでした。
その中で時間を見つけて家事をしていました。
だから心のどこかに、
「これだけやってるんだから」
という気持ちがあったのだと思います。
トイレは、掃除シートで拭きました。
目に見える汚れは取れていましたし、
自分が使う分には十分だと思っていました。
洗濯も、乾燥も、畳みました。
洗濯機を回して、乾燥まで終わらせて、
一枚ずつ畳んで山にしました。
自分の中では、ここまでやれば完了でした。
それでも、家の中の空気がどこか噛み合っていない感じがあって、
理由が分からないまま、
「忙しいのに、やってるやん」
と口にしてしまいました。
言った瞬間、
これは余計な一言だったかもしれない、
と一瞬だけ思いました。
でも、その気持ちを引っ込めることはできませんでした。
返ってきたのは、
「そんなこと言うなら、やらなくていい」
という言葉でした。
そのあと、会話は止まりました。
言い返すこともできず、
同じ空間にいながら、
それぞれ別のことをしていた時間を覚えています。
今ならはっきり分かります。
あのとき、間違っていたのは私でした。
家事の量の問題ではありませんでした。
忙しさの話でもありませんでした。
やったか、やっていないか、という話でもなかったと思います。
今は、妻が19時半までピアノ教室をしています。
私は18時に帰宅して、料理をして、片付けをして、
風呂を済ませて、風呂掃除をして、
洗濯と乾燥までをやります。
畳みは、朝に妻がやっています。
今のやり方が正解だとは思っていません。
ただ、
お互いが忙しい中でやっていることを、
お互いが分かっている状態にはなりました。
あの頃とは、家の中の空気がまったく違います。
それでも、
なぜあのとき噛み合わなかったのかを、
当時の自分は説明できませんでした。
もしあのとき、
「忙しいのに、やってるやん」
と言わずに済んでいたら、
何が違っていたんだろう。
そのことを、
今でもときどき考えます。
※ここからがノウハウ図書館向けの追記(重要)
振り返ると、自分が間違っていたのは
「家事をやったかどうか」ではなく、
「どこまでやれば“終わり”なのか」を共有していなかった点でした。
同じことで揉めたことがある人の参考になればと思い、
次は「我が家で“完了条件”をどう合わせたか」を書いてみようと思います。


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